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2023年02月13日(月)  09:17

涅槃会

涅槃会

2月15日は、涅槃会です。

高野山をはじめ、常楽会として法会が2月14日夜から毎年行われております。

また各寺院でも行われてる所もあります。

 

涅槃会とは、お釈迦さまの入滅(亡くなられた)された2月15日の行事のことです。全国の寺院では2月14日より「仏涅槃図」(ぶつねはんず)が掛けられ、お釈迦さま最後の説法である「遺教経」(ゆいきょうぎょう)などを読誦し法要が行われます。

 

(常楽会、涅槃講や涅槃忌とも称し、陰暦2月15日、釈迦の入滅(にゅうめつ)の日に、日本やアジア諸国などで勤修される、釈迦の遺徳追慕と報恩のための法要です。現在では、3月15日に行なわれているところもあります。

実際には、釈尊が入滅した月日は不明であり、南伝仏教ではヴァイシャーカ月の満月の日(ウェーサーカ祭)と定められていて、ヴァイシャーカ月が、インドの暦では第2の月であることから、中国で2月15日と定めたものであります。

法要中は、釈迦が娑羅双樹の下で涅槃に入った際の、頭を北にして西を向き右脇を下にした姿で臥し、周囲に十大弟子を始め諸菩薩、天部や獣畜、虫類などまでが嘆き悲しむさまを描いた仏涅槃図(涅槃図)を掲げ、『仏遺教経』を読誦することとなっています。また仏涅槃図の絵解きを行うところもあります。平安時代には、山階寺の涅槃会がとりわけ有名であり、常楽会(じょうらくえ)とも称されており、『三宝絵』の中でも「年中主要法会」の一として記されています。)

 

◎涅槃のストーリー

 お釈迦さまの伝道は北インドのガンジス河を中心に、45年間の永きにわたりました。80歳となられたお釈迦さまは、阿難(アーナンダ)と数名の弟子をともなって王舎城(ラージャグリハ)からクシナガラへと伝道の旅をなされるのです。自らの入滅を予感され、生まれ故郷のカピラ城へ向かわれたようです。この旅路の様子をくわしく記録したのが「大般涅槃経」です。

 

お釈迦さまは王舎城の霊鷲山を出発されて北へ道をとり、ナーランダを経てガンジス河を渡られます。それからベーサリーに至りますが、この時にお釈迦さまには病による激痛がおこったようであり、自らの死期を予告されます。

 お釈迦さまは痛みや疲労をおさえながらもゆっくりと、なおも歩み進められパーバーに着かれます。

ここで鍛冶工のチュンダの供養を受けられるのですが、お釈迦さまはこの食事で更にはげしい腹痛をおこされます。

重病にもかかわらず、弟子達の助けをかりつつ、お釈迦さまはさらに歩みを進められるのです。

カックッター河で沐浴され疲れを癒やされた後ビハール州クシナガラのサーラ樹林(沙羅双樹)にたどりつかれます。

ここに至ってお釈迦さまは力尽きられ北を枕にして身を横たえられました。

 

 お釈迦さまは身を横たえられたまま、集まった人々を前にして最後の説法をなされます。

 その教えの「遺教経」(ゆいきょうぎょう)には、最初の説法によって五比丘を教化し、最後の説法において須跋陀羅を救渡して使命を終え、いままさに滅せんとしていることが述べられます。

次には諸弟子に対して、入滅の後は戒本を師として、よく戒めを守り、五欲を慎み、静寂を求めて努力をし、定を修して悟りの智慧を得るべきことを示されるのです。

最後に四諦の教えについて疑いのある者は、はやく質問するように三度勧め、さらに、智慧の光明によって、無明の闇を除くべきことを教え、これが最後の教えである、と結ばれています。

 

 そして、静かに如来としての永遠の涅槃に入られるのです。

阿難をはじめ弟子達の嘆きは、想像を絶するほど深いものであったのでしょう。

経典には「大地震がおこり、人々の身の毛はよだち、天上では自然に天の鼓(つづら)が鳴った」と伝えられています。

お釈迦さまの入滅は、この世のいかなる悲しみにも、たとえることのできないほど深いものであったことをうかがい知ることができます。

その様子は「仏涅槃図」(ぶつねはんず)として描かれ広く一般に知られています。

 涅槃図には真っ白い花をつけたサーラ樹の下で、お釈迦さまは頭を北に顔を西に向け、右手を枕にして横臥し、周囲には十大弟子をはじめ、老若男女、鳥獣たちさえも嘆き悲しみ、百獣の王である獅子までが、仰向けになって慟哭している様子が描かれています。画面右上には、とうり天からかけつけたお釈迦さまの母君、マヤ夫人が描かれています。

お釈迦さまの入滅により悲しみの極みにある情景は、一転して歓喜の光景と変わるのです。といいますのは、一度金色の棺に納まったお釈迦さまが、威神力によって棺の中から身を起こされ、天から駆けつけられた母のためにご説法をなされたからです。この光景を、釈尊の金棺出現(きんかんしゅつげん)といいます。

「摩耶経」によると、お釈迦さまの死を知ってとうり天から下りてきたマヤ夫人が、あまりに嘆き悲しまれるので、お釈迦さまは大神通力をもって金棺から身を起こし、母親の為に生死の真理を説かれた。その時お釈迦さまの身は大光明を放ち、その光明の中に百千の仏が現れて、お釈迦さまと共にマヤ夫人に向かって合掌した。そして、ようやく母のお顔が蓮の花のようにやわらぐのをみとめて、お釈迦さまは再び金棺に身を隠されたと説かれています。

 

 空中には諸仏如来たちが、入滅されたお釈迦さまを仏土へと迎えにこられた姿も描かれています。その時沙羅双樹は時ならぬ花をつけ、お釈迦さまの身体につぎつぎと白い花びらを散らしたと伝えられています。現在、曹洞宗の葬儀において、祭壇の両側に二本の真っ白い四華花(しかばな)を立てますのは、お釈迦さまのサーラ樹になぞらえて冥福を祈っているわけです。

 

 「涅槃」とはたんなる「死」ということではありません。涅槃とはサンスクリット語の「ニルバーナ」を音訳したもので「火の消えた状態」という意味です。つまり、煩悩の炎を消し去って悟りを開いた状態のことです。そして、最後に、お釈迦さまのいのちの火が消えてしまった入滅のことを、完全な涅槃ということで「大般涅槃」(だいはつねはん)と呼び、永遠のやすらぎを示されたものです。

 

(*ニルヴァーナ (Nirvana) は、1987年に結成された、アメリカのロックバンドがいます。バンド名には、仏教用語の「涅槃の境地」という意味合いと「生け贄」という意味合いがある所からつけられました。)

 

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